グローバル企業が駐在員を異動させる際、本国の給与水準や社会保険の維持、あるいは為替対策を目的として、給与を「海外の親会社(送出機関)」と「国内の子会社(受入機関)」で分割して支給するケースは頻繁に発生します。
ここで人事担当者が直面するのが、「給与を分割支給してもビザの要件を満たすのか?」という法務上の疑義です。結論から言えば適法ですが、その手続きを安易に進めると、後のビザ更新時に深刻な事態を招きます。本記事では、企業内転勤ビザにおける分割支給の適法性と、出入国在留管理庁(入管)の審査をクリアするための客観的な立証ロジック、および為替変動が引き起こす致命的なリスクを徹底解説します。
1. 結論:本国と国内での「分割支給」は完全に適法
入管法上、企業内転勤ビザにおける給与の分割支給は完全に適法として認められています。
通常の就労ビザ(技術・人文知識・国際業務など)は、日本の企業と直接雇用契約を結び、日本企業から全額給与が支払われることが原則です。しかし、企業内転勤ビザは「海外事業所からの異動(出向)」を前提としているため、日本の受入機関と新たな雇用契約を結ぶ必要は必ずしもありません。
給与の支払い元は「海外の送出機関から100%支給」「日本の受入機関から100%支給」「両者で割合を決めて分割支給」のいずれの形態であっても、法的に問題なくビザは許可されます。
2. 絶対条件「日本人と同等額以上の報酬」と計算の罠
分割支給自体は適法ですが、入管の審査において最も厳しく見られるのが「報酬額の妥当性」です。企業内転勤ビザを維持するためには、以下の絶対条件をクリアしなければなりません。
① 合算額が「日本人と同等以上」であること
海外からの支給分と日本からの支給分を合算した総額が、受入先の日本企業において「同じ業務に従事する日本人従業員」と同等、あるいはそれ以上の金額でなければなりません。これは、外国人であることを理由とした不当に安い賃金での労働を防ぐための強行規定です。
② 算定の対象となる手当・ならない手当
審査において「給与(報酬)」として合算できるのは、基本給や賞与(ボーナス)などに限られます。通勤手当、住宅手当、扶養手当など「実費弁償」の性質を持つ手当は、原則として報酬額の算定から除外されるため、これらを除いたベース金額で日本人と同等額以上を担保する必要があります。
3. トラブル事例:為替変動による「要件未達」の恐怖
【実務上のトラブル事例】
東南アジアのグループ企業から、日本の支店へ企業内転勤ビザで赴任したH氏のケース。給与は「本国から7割(現地通貨建て)、日本から3割(円建て)」で分割支給する契約となっていた。赴任当初は合算額が日本人の同僚の給与を上回っていたが、その後2年間で歴史的な円安・現地通貨安が進行。
ビザの更新時期に入管へ給与実績の書類を提出したところ、為替レートの変動により本国からの支給分(円換算額)が大幅に目減りしており、合算しても「日本人と同等額」を満たしていないことが発覚。要件未達として、無情にも更新不許可処分が下された。
【不許可リスクを完全に排除する対策】
為替レートの変動という外部要因であっても、入管の審査において特別に救済されることはありません。分割支給を行う場合、将来的な為替変動リスクを吸収できるよう、当初から日本人従業員の給与水準に対して十分なバッファ(余裕)を持たせた報酬設定を行うことが不可欠です。ギリギリの金額設定は、将来の更新時に自らの首を絞める結果となります。
4. 分割支給を適法に立証する「出向契約書」の構築
入管の審査官に対し、分割支給の事実と合法性を客観的物証で証明するためには、海外の送出機関と日本の受入機関との間で交わされる「出向協定書」や、本人へ交付する「辞令(Assignment Letter)」の精巧な作り込みが要求されます。以下の要素を必ず明記してください。
- 支給内訳の明記: 「基本給〇〇円のうち、本国親会社が〇〇現地通貨(〇〇円相当)、日本法人が〇〇円を支払う」という内訳を明確に記載すること。
- 為替レートの適用ルール: 申請時の円換算に用いた為替レート(例:「202X年X月X日時点の〇〇銀行のTTMレートを採用」等)を明記し、金額の根拠を提示すること。
- 税務・社会保険の分担: どちらの法人が所得税の源泉徴収や社会保険料の納付を担うのかを契約書上に明示し、労務管理が適法に行われていることをアピールすること。
5. よくある質問(Q&A)
Q. 本国からの支給分は現地通貨で現地の口座に振り込まれます。この場合、日本の入管にどうやって支給実績を証明するのですか?
A. 更新手続きの際、日本国内での給与明細(または源泉徴収票等)に加え、本国で発行された給与明細書のコピー、およびそれに該当する金額が本国口座に振り込まれていることを示す「銀行の取引明細(ステートメント)」を提出します。これにより、分割された給与が書面通りに全額支払われている事実を立証します。
Q. 給与の支払いを100%海外の親会社から行い、日本法人からは1円も払わない形でも企業内転勤ビザは下りますか?
A. 可能です。分割支給だけでなく、100%海外からの支給であっても、その円換算額が「日本人と同等額以上」であり、その事実を出向命令書等で客観的に証明できれば、入管法上は適法に許可されます。
6. まとめ:為替リスクを織り込んだ重厚な制度設計を
企業内転勤ビザにおける給与の分割支給は、柔軟なグローバル人事を行う上で非常に有効かつ適法な手段です。しかし、その根底には「合算額が日本人と同等以上でなければならない」という入管法の厳格な歯止めが存在します。
申請時のレート計算の精緻化、為替変動バッファを持たせた給与設計、そしてそれを客観的に証明する出向契約書のパッケージング。これらを事前に完璧に組み上げることこそが、駐在員を不許可リスクから守り、日本国内で適法かつ安定的に事業を推進するための唯一の合理的なアプローチです。